GCI芍薬訪問看護は、腎疾患のホスピス緩和ケアとして腹膜透析に力を入れています。2024年11月16日と17日に福岡で開催された腹膜透析医学会に、訪問看護ステーション芍薬瀬谷の管理者宇田ゆかり看護師が参加しました。学会参加に先立ち、15日には腹膜透析を多職種で積極的に推進している在宅医のクリニックで研修させて頂きました。この3日間で経験したことについて宇田ゆかり看護師にインタビューしました。
心理的ハードルが高かった腹膜透析
インタビューアー
宇田さんは、訪問看護師として腹膜透析のケースを担当したご経験はあるのですか?
宇田ゆかり看護師
腎疾患患者さんや血液透析中の患者さんの看護は何ケースも経験があります。腹膜透析については訪問看護ステーション芍薬瀬谷としてお受けしたケースが1年前にありましたが、私自身は在宅ではもちろんのこと、病院勤務時代にも関わったことはこれまで一度もありません。
インタビューアー
これまで一度も経験のないことであれば、心理的ハードルもあるのではないでしょうか?
宇田ゆかり看護師
正直、その通りです。でも、この3日間の研修と学会に参加してみてこのハードルが一気に下がりました。
インタビューアー
え?たったの3日間で?
腹膜透析を推進する医療者たちの信念と熱量
宇田ゆかり看護師
そうです。まずは楠本内科医院さんで、腹膜透析をしている患者さんやご家族がご自宅で穏やかにお過ごしになっている様子を知ることができました。そしてそれを支えている在宅医と看護師の姿勢や心がけておられることを直接知ることができたのは大きかったと思います。
インタビューアー
まさに百聞は一見にしかず、ということでしょうか。
宇田ゆかり看護師
腹膜透析医学会でも、楠本内科医院の皆さまと同様、とにかく熱い方ばかりで驚きの連続でした。看護師さんの参加者が多いというのも驚きでした。
インタビューアー
そうですね。確かに腹膜透析医学会は、私たちがよく参加する在宅医療連合学会と違い、コメディカルの参加料もなく一見すると医師向けのようですね。
宇田ゆかり看護師
実際には看護をテーマにしたセッションもあり非常に参考になりました。既に訪問看護で腹膜透析のご利用者を看ているケースのご発表も複数ありました。そのケースでは、ご利用者もご家族も手技をマスターしておらず、訪問看護師が手技全般を担当している、いわゆるアシストPDもしくはアシステッドPDと呼ばれる腹膜透析で、私たち訪問看護師が活躍できると思えるようになりました。
インタビューアー
今回の研修と学会の参加前は心理的ハードルが高かったのに?
宇田ゆかり看護師
看護の基礎ができていれば、腹膜透析看護は訪問看護でできる、と認識が変わりました。今回の研修と学会の参加前は、腹膜透析は機器のことを知らないとできない、何やら特殊で難しそう、という先入観がありました。確かに、実際に患者さんやご家族をサポートする段になったらさらに細かいところまでマスターしなければなりませんが、そうしたことはこれまで麻薬の輸液ポンプや人工呼吸器の操作方法をマスターしてきたのと同じだと思えるようになったんです。
インタビューアー
同じ訪問看護師が実践していることなのでご自身にもできる、とイメージできたということでしょうか?
宇田ゆかり看護師
それもありますが、全国各地の医師や看護師が腹膜透析で患者さんのQOLが上がると信念を持って取り組まれている姿に刺激を受けました。腹膜透析の特徴についても詳しく勉強できたので、確かに、腹膜透析でご高齢の透析患者さんのQOLは上がるだろうな、と思いました。
普及が望まれる腹膜透析
インタビューアー
そんなに良い治療方法なのに、腹膜透析はあまり普及していなのですよね。なぜなんでしょうか?
宇田ゆかり看護師
その点については学会でも色々ご発表がありましたが、私も肌感覚で分かるのが、とにかく知らない、触れたことがない、ということです。
インタビューアー
医療者の皆さんは知らなければならないことがたくさんあり、特に訪問看護は年齢も疾患も区切らずどのような患者さんにも対峙しているわけですから、知らない、触れたことがない領域があって当然ですよね。
宇田ゆかり看護師
それはそうなんですが、患者さんにとって良いものでであれば医療者としては勉強するのが当然なので、それもあって腹膜透析医学会に参加されている方々は熱いのだと思います。
インタビューアー
楠本内科医院の皆さまも熱いですよね。
宇田ゆかり看護師
楠本先生が腹膜透析を広げたいという構想を持ち、かつブレずに一貫してこれまでやってこられたので、そこに賛同した多職種メンバーが集まって今の形になっているんだろうな、と思いました。その結果、患者さんのQOL向上につながっている。2022年のデータですが日本全国で見ると全透析患者さんに占める腹膜透析を導入した患者さんの割合は5.6%でした。(出典:「わが国の慢性透析療法の現況」(2022年12月31日現在)透析会誌56(12):473~536,2023:日本透析医学会のHPで非会員でもダウンロード可https://www.jsdt.or.jp/dialysis/2227.html)一方で楠本内科医院さんで療法選択の意思決定支援をすると、2021年4月から今年の6月までの間に56%もの患者さんが腹膜透析を選択した、という事実に驚きました。楠本内科医院さんでは高齢患者さんを主に診ているので単純には比較することはできないのですが、それでも5.6%と56%という10倍の開きは医療者としてしっかりと受け止めるべきだと思います。
インタビューアー
きちんとした意思決定支援をすれば、現状よりも多くの患者さんが腹膜透析を選択する可能性が高いということですね。ところで、そうした意思決定支援を楠本先生おひとりで行っているのですか?
宇田ゆかり看護師
いえ、違います。先生おひとりでは難しいケースもある、というご説明もありました。具体的には基幹病院の先生とも連携し意思決定支援しています。腹膜透析を楠本内科医院さんで勧められても意思決定できなかったのですが、基幹病院の医師からも同じ説明を受けることで初めて腹膜透析を選択したケースがあったそうです。
インタビューアー
患者さんとしても、周囲に誰も腹膜透析をしている人が居ないでしょうから、ご不安になって当然ですね。そうした時に多職種チーム一丸となって同じことをご利用者に伝えることで、ご利用者は安心できるでしょうし納得できるのでしょうね。
多職種を巻き込んだ腹膜透析の必要性
宇田ゆかり看護師
訪問看護とは当然のこと、ケアマネージャーやデイサービス、そして有料老人ホームとも連携しているとのことでした。介護系の方々に腹膜透析のことを理解して頂くのは医療系以上にハードルが高いと思います。そうした困難な活動を地道に長年してこられたからこそ、今、腹膜透析が生活と切り離されることなく地域に浸透しているのだと思いました。その結果、地域の透析患者さんがご自宅で暮らし続けられる。このように腹膜透析を在宅で広げるには医師と看護師だけではダメで、ケアマネージャーさんやヘルパーさんも巻き込み地域に根付かせることが必要なのだということが楠本内科医院さんの活動から感じたことです。私たちはまだ腹膜透析推進活動を始めたばかりですが、楠本内科医院さんと同じように大きな構想で活動していきたいと思います。
インタビューアー
それでこそ多職種を巻き込んでいけるのでしょうね。しかし、具体的なケースを通してでないと巻き込めるものも巻き込めないのではないでしょうか。
宇田ゆかり看護師
そこが問題です。看護師は実践家なのでケースがないと勉強しにくいというのがあります。座学で勉強しケースを経験し、その経験を踏まえて座学で勉強する、ということの繰り返しです。これで座学は一通り勉強しましたので、次はケースを経験したいですね。
インタビューアー
つい先日まで心理的ハードルが高かったのに、今は新しい経験をしてみたい、というのは大きな変化ですね。
医療者として謙虚に勉強し挑戦し続ける
宇田ゆかり看護師
30年近く前、緩和ケアの勉強をし始めた頃のことを思い出しました。緩和ケアは患者さんのQOLを高めるにも関わらず、緩和ケアを学んでいる医療者はまだまだ少なくて、一般的ではありませんでした。
インタビューアー
宇田さんは少数派だったわけですね。
宇田ゆかり看護師
私も今回学会に参加してみなければ、ごく一部の医療者が壁の向こうでやっていること、と今でも思っていたと思います。
インタビューアー
壁の向こうに行ってみたら、ビックリしたと。
宇田ゆかり看護師
その通りです。皆さん腹膜透析に真摯に向き合っていて、非常に熱い。
インタビューアー
30年前、そんなの医療の王道ではないと思われていた緩和ケアを勉強し始めた宇田さんご自身と、現在腹膜透析に真摯に向き合っている医療者の皆さんとは、本質的に同じように私には見えます。
宇田ゆかり看護師
患者さんとご家族にとって良いものをどんどん受入れ、謙虚に勉強し医療者として挑戦し続けることは大切だと思います。腹膜透析が普及するまでには長い時間がかかると思いますが、スタッフと一緒に挑戦し続けていきたいと思います。
インタビューアー
宇田さんはスピリチュアルケアにも挑戦し続けていますよね。次回はスピリチュアルケアについてインタビューさせて下さい。ありがとうございました。
サマリー
腎疾患や血液透析患者さんの看護については経験豊富だが、腹膜透析患者さんの看護には従事したことのない宇田ゆかり看護師が、2024年11月に開催された腹膜透析医学会に参加しました。
学会に先立ち腹膜透析を推進しておられる楠本内科医院さんで研修も受けさせて頂きました。
この3日間の経験から、腹膜透析に対する心理的ハードルが下がり腹膜透析を推進したいと思うまでに至りました。
その理由は、楠本内科医院さんで腹膜透析患者さんの生活とそれを支える医療者の皆様の実際に直接触れることができたから、ということと、学会参加者の皆様方の熱量と使命感に医療者として刺激を受けたからです。
看護の基礎ができていれば、腹膜透析看護は訪問看護でできると認識が変わったのもこの3日間の効果です。腹膜透析は機器のことに詳しくないとできないとか、特殊で難しそうだという先入観もなくなりました。
腹膜透析で患者さんのQOLが上がるということが分かりましたが、それでは何故腹膜透析が普及していないかというと、ひとつには医療者が知らない、触れたことがない、ということがあると思います。
腹膜透析について適切な意思決定支援をしておられる楠本内科医院さんでは腹膜透析の導入率が全国平均の10倍もあるという事実は、医療者としてしっかりと受け止めなければならないと思います。
こうした意思決定支援は在宅医だけで行えるわけではなく、楠本内科院さんは基幹病院の医師とも連携しておられます。腹膜透析導入後も、介護職も巻き込み多職種で連携することで、生活と切り離されることのない腹膜透析が可能になり、透析患者さんがご自宅で暮らし続けられる。このように腹膜透析が地域で根付くには、医師と看護師だけではダメで、ケアマネさんやヘルパーさんも巻き込む必要があるのだということも、楠本内科医院さんから学びました。
今回の学会参加と研修で、30年近く前、少数派として緩和ケアの勉強をし始めた頃のことを思い出しました。腹膜透析が普及するには時間がかかると思いますが、スタッフと一緒に、患者さんとご家族にとって良いものをドンドン取り入れ、医療者として勉強し挑戦し続けていきたいと思います。