訪問看護ステーション芍薬では、ネーザルハイフローという比較的新しく、在宅領域ではまだ普及が進んでいないケースに訪問しています。この治療法に着目し、在宅領域での普及促進を目指している小池輝看護師にインタビューしました。
写真の解説)小池輝看護師がホワイトデーにお渡ししたキャンディをご利用者が口にして下さり思わず嬉しくて笑顔がこぼれる。ご家族も喜びながら撮影して下さったこの写真は小池輝看護師のお気に入り。
目次
ネーザルハイフローとは
インタビューアー
小池さんはネーザルハイフローに着目していますね。まずはネーザルハイフローって、どのようなものか教えて下さい。
小池輝看護師
ネーザルハイフローは、ハイフローセラピーもしくは高流量鼻カニューラ酸素療法とも呼ばれているように、
鼻腔内に高流量の酸素空気混合ガスを投与することで呼吸不全の病態改善をはかる治療法である
出典:「ネーザルハイフロー療法の適応と限界」日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌 2015年 第25巻 第1号 53-57
と定義されています。要するに、HOTではカニューレから酸素がスーッと出ているのを皆さんご存じかと思うのですが、それがゴーッと物凄い勢い出ている、という状況をイメージして頂ければ良いと思います。
ネーザルハイフローのメリット
インタビューアー
なるほど。それは分かりやすいですね。呼吸不全の改善を目的とするという意味ではNPPVと同じですが、NPPVに比較してネーザルハイフローにはどのようなメリットがあるのですか?
小池輝看護師
NPPVは隙間があっては意味がないので、患者さんの顔面にピッタリと、ガッツリ装着しなければなりません。そのせいで圧迫褥瘡ができたりしますが、ネーザルハイフローであればHOTと同様、患者さんの鼻の前にフンワリと置かれていれば良いので患者さんのQOLを高く保つことができます。外していても良い場合も多い。
インタビューアー
えっ?外していても良いんですか?
小池輝看護師
そうなんです。ビックリでしょう?一日あたり8時間の装着で良いとか、夜だけ、もしくは日中のみで良いケースもあります。他にもPaCO2の低下やCO2ナルコーシスの減少というメリットがあります。
インタビューアー
PaCO2って、動脈内にどれだけ二酸化炭素が溶け込んでいるかを示す指標のことですよね。動脈内の二酸化炭素が少なくなると、患者さんにとってどんなメリットがあるんですか?
小池輝看護師
呼吸器疾患のある患者さんは、呼吸がうまくいかないので、治療をしないと動脈内の二酸化炭素が多くなってしまうんです。普通、動脈って肺で二酸化炭素を渡して、酸素をもらった血液を運ぶ血管なので、その中の血液は二酸化炭素が少ないわけじゃないですか。それがそうではなくて二酸化炭素が多いと、頭痛やだるさや、日中眠い、という症状を患者さんが経験することになります。ちょっと専門的になりますが、肺の中には死腔と呼ばれる隙間みたいな場所があるのですが、ここに二酸化炭素がたまってしまう。ネーザルハイフローはここにたまった二酸化炭素をふき流してくれるんです。
インタビューアー
酸素をもらうべき身体が二酸化炭素をもらってしまうので、不快な症状が起こるのですね。CO2ナルコーシスっていうのもそうですか?
小池輝看護師
CO2ナルコーシスはもう少し深刻で、患者さんの命にダイレクトにかかわってきます。酸素って身体に良いように見えて、実は高濃度の酸素を吸い続けると身体には毒なんです。人間の身体は酸素を必要としていますが、必要量以上の酸素は命取りになる。カニューラや酸素マスクは、呼吸方法などによって、身体に取り込まれる酸素濃度が一定にならないことがあるんですよ。一方ネーザルハイフローは物凄い勢いで酸素を流していて、さらに設定で常に一定濃度の酸素を流すことが出来るんです。なのでCO2ナルコーシスになるリスクが軽減されると言われており、安全な治療法だと高く評価されているんです。
インタビューアー
いいことずくめの治療法なんですね。
ネーザルハイフローの課題
小池輝看護師
そうなんですが、課題もあります。
インタビューアー
どんな課題でしょうか?
小池輝看護師
まずは、流れる酸素ガスを加湿する必要があるので、機器本体やその周辺にカビが発生しやすく在宅での管理は難しいと言われています。加湿することで粘膜障害を防ぐことができたり、吐痰を促したり、と良い面もあるのですが、患者さんのご自宅だと、マメに洗浄したりご家族やご本人のご負担が重くなります。
インタビューアー
そのあたりのご支援を、訪問看護ステーション芍薬ではしているのでしょうか?
小池輝看護師
その通りです。ただ、加湿用の水の補給まで完全に訪問看護でご支援することはできず、在宅用の機器の開発が望まれます。
インタビューアー
どういうことでしょうか?
小池輝看護師
加湿器に定期的に水を補充する必要があるように、ネーザルハイフローの機器にも3~4時間ごとに250mlの水の補給が必要になります。夜間ずっとつけている場合には、夜中にどなたかが起きて水を補給しなければならないということになります。
インタビューアー
それはご家族に相当な負担がかかりますね。単に給水タンクを大型化して最低8時間もつようにメーカー側が対応して下されば良いことなんじゃないんですか。
小池輝看護師
そうなんです!しかし、もう一つの課題なのですが、こんなにメリットの多いネーザルハイフローなのですが、在宅で全く進んでいない。だからメーカー側も、在宅での使用を想定した機器に改変ができないのだと思います。
訪問しているケース~ネーザルハイフローの画期的活用法
インタビューアー
まだ在宅での使用が進んでいないということですが、小池さんは現在、ネーザルハイフローを使用しているケースをご担当されているんですよね。
小池輝看護師
はい。このケースは週1回1時間の介護保険での訪問看護のケースなのですが、もともと息苦しさがあって受診したところ、既にCOPD3期だと診断され、約1カ月ご入院されました。当初は酸素療法を開始したのですが、先ほどご説明したCO2ナルコーシスを発症した為、ネーザルハイフローに切り替えたというケースです。通常、CO2ナルコーシスを発症して酸素療法からネーザルハイフローに切り替えるのは急性期のみで、また酸素療法に戻すというのが通常なのですが、このケースは在宅療養開始後もネーザルハイフローの使用を継続しています。非常に画期的な使用方法だと思います。
インタビューアー
患者さんのQOLが向上するし、安全な治療方法であるのに、ご退院されて在宅に戻ってくる時にはネーザルハイフローではなく、HOTで戻ってくるのが通常だということですか?先ほどお話いただいたように、ネーザルハイフローは在宅では管理が難しいからなのでしょうか?
小池輝看護師
そうですね。それに加えて、多職種医療チーム全体がネーザルハイフローに対して理解を深める必要があるんじゃないか、と思っています。現在は、ネーザルハイフロー導入には必ず入院が必要だとされています。仮に、HOTを長年使用していて、HOTよりもネーザルハイフローが有用だと在宅医が判断しても、在宅医のみではネーザルハイフローを導入することはできないので、基幹病院の先生方のネーザルハイフローに対する理解が必要になります。一方で、ご紹介したケースのように、入院時にネーザルハイフローが有用だと基幹病院の先生が判断しても、在宅に戻る際に在宅医の理解がなければ、ネーザルハイフローのままで退院させることはできない、と基幹病院の先生方も判断せざるを得ない、というのが現状なのだと思います。
インタビューアー
なるほど。それぞれの医師は受け入れたからには責任を持たなければならないので、それは当然でしょうね。このようなネーザルハイフローの普及が進んでいない現状を打破したい、と小池さんは思っているのですよね。
ネーザルハイフローの普及が進んでいない現状を打破したい
小池輝看護師
はい。僕は、3学会合同呼吸療法認定士という資格を持っているのですが、この資格を取ろうと思ったのは、まだ僕が新人の時に、人工呼吸器を外す時の管理を担当したからなんです。人工呼吸器を外すのはリスクが高く、痰が増えたりするので事前の肺炎予防が欠かせない。一つ間違えれば患者さんの命にもかかわることなので、日々緊張の中での看護でしたがやりがいや手ごたえも感じました。その一方で、もっともっと呼吸器看護の力をつけたいと思い、看護師キャリア3年目に手掛けた研究も脳卒中後の患者さんの誤嚥性肺炎予防についてでした。1年前に在宅に転向しましたが、今回ご紹介したケースのように在宅での特有の課題に直面し、困惑すると同時に、在宅で過ごし続けたいという患者さんのご希望を日々肌で感じ、ネーザルハイフローを活用すれば、もっともっと多くの患者さんの希望を叶えることができるんじゃないか、と思うようになったんです。呼吸ができないって、それだけで自分は死ぬんじゃないかって思ってしまいますよね。訪問看護ステーション芍薬では、非がん疾患のホスピス緩和ケアに力を入れていますが、非がん疾患の中でも、呼吸器疾患のホスピス緩和ケアは、切迫した死に対する恐怖の緩和、という特徴があると思っているんです。
非がん性呼吸器疾患のホスピス緩和ケアの特徴
インタビューアー
確かに、呼吸ができないって、恐怖ですよね。一度そういう経験をした患者さんは、また呼吸ができなくなるんじゃないかと思って、動いたりできなくなってしまうのではないですか?
小池輝看護師
その通りです。そのせいで呼吸器疾患の患者さんの抑うつの発症率は非常に高い。これ以上良くはならないと医師からは言われてしまいますし。でも一方で、呼吸はバイタルの中でも唯一、自分でコントロールできます。呼吸リハを実施したり、呼吸法を患者さんご自身に習得してもらう看護で、患者さんのQOLが大きく改善する可能性があります。栄養についてもそうです。呼吸器疾患の患者さんは食べることもままならず、痩せてしまうことが多いのですが、適切な栄養指導でQOLの改善が見込まれるケースが多いと、僕は考えています。つまり、患者さんのセルフケア能力を向上させる、といういかにも看護らしいケアが緩和ケアの重要な鍵になる、という点も、非がん性呼吸器疾患のホスピス緩和ケアの特徴だと思い、それもあってやりがいを感じています。
インタビューアー
非がん性呼吸器疾患にはセルフケア能力の向上の余地が多分にあるし、セルフケア能力の向上が、患者さんのQOLの向上に強く働く、ということですね。確かに、それは看護師としてとてもやりがいがあるでしょうね。
小池輝看護師
その通りです。それから、今日ご紹介したケースでも僕自身で実施しましたが、呼吸リハにリハビリの専門職が介入したり、栄養指導に栄養士さんに入ってもらったり、と、医療職が多職種協働で介入することが、非がん性呼吸器疾患のホスピス緩和ケアのもうひとつの鍵だと思うんです。ネーザルハイフローは非がん性呼吸器疾患の在宅ホスピス緩和ケアのひとつの側面でしかありませんが、重要な側面のひとつだと思っているわけです。
ネーザルハイフローを在宅で普及させる為の具体的方策
インタビューター
なるほど。そういうことなんですね。それで、その重要なネーザルハイフローを、どうやって在宅で普及させようとしているのですか?
小池輝看護師
啓蒙活動を展開していきたいですね。
インタビューアー
啓蒙活動というと?
小池輝看護師
事例をまとめたり、研究してその研究結果を学会などで発表する、というフォーマルな啓蒙活動は、専門職ですし継続してやっていきたいと思っています。それから、連携先の医師を始めとする医療職に、ネーザルハイフローを少しづつでもご紹介していけたら、と思っています。
インタビューアー
インフォーマルな啓蒙活動ですね。知り合い同士の間で口コミで広がる、みたいな。
小池輝看護師
そうです。具体的ケースを想定しながらご紹介できれば、医療職ならネーザルハイフローの有用性はすぐに分ると思うんです。
インタビューアー
小池さんがつなぎ役になって、例えば、在宅医と中核病院の呼吸器科の専門医がネーザルハイフローで繋がることを想定しているんですね!まさしく地域連携ですね!そういう草の根運動が、ネーザルハイフローをこの地域に根付かせていくのでしょうね。今日は色々なお話が聞けて良かったです。また、進展があったら是非インタビューさせて下さい。ありがとうございました。
サマリー
- ネーザルハイフロー(ハイフローセラピー)は在宅では普及が進んでいない新しい治療法
- ネーザルハイフローは鼻の中に物凄い勢いの酸素を入れる治療法
- ネーザルハイフローのメリット
- (1)患者さんのQOL向上:装着時の不快さ減少
- (2)PzCO2(動脈内二酸化炭素)の低下:頭痛やだるさ、日中眠いといったことが減少
- (3)CO2ナルコーシスの減少:CO2ナルコーシスは患者さんの命にもかかわるので安全な治療法と評価されている
- ネーザルハイフローの課題
- (1)カビが発生しやすく在宅での管理は難しい
- (2)水の補給の頻繁さ:夜中でも起きて補給する必要がある→機器の改変(メーカー側の対応)が求められる
- 訪問看護実施中のネーザルハイフローのケース:入院中にCO2ナルコーシスを発症した為ネーザルハイフローに切り替えた~在宅療養開始時には酸素療法に戻るのが通例だがネーザルハイフローのままで退院された画期的ケース
- 在宅療養開始時にはネーザルハイフローではなくHOTになる現状:ネーザルハイフローは在宅での管理が難しいため。また、多職種医療チーム全体がネーザルハイフローに対する理解を深める必要性がある
- ネーザルハイフローの普及が進んでいない現状を打破したい:3学会合同呼吸療法認定士の資格を取ったり呼吸器を研究対象としたのも、新人の頃から呼吸器看護にやりがいや手ごたえを感じていたから。1年前に在宅に転向した後は、在宅特有の状況を知りネーザルハイフローを活用することに意義を感じるようになった
- 非がん性呼吸器疾患の緩和ケア:呼吸器疾患の患者さんは恐怖から抑うつの発症率が高いが、呼吸は自分でコントロールできる唯一のバイタル。呼吸指導など患者さんのセルフケア能力を高める看護が患者さんのQOLを大きく改善する。栄養指導も含め、こうした看護らしい看護が非がん性呼吸器疾患のホスピス緩和ケアの鍵になる。また、リハビリの専門職や栄養士の介入など、多職種協働も鍵になる。
- ネーザルハイフローを在宅で普及させる為の具体的方策:事例発表や研究というフォーマルな活動は専門職としても手掛けていきたい。また、連携している医療職にネーザルハイフローを直接ご紹介するというインフォーマルな活動もしていきたい。